1858年 日米修好通商条約締結
幕府は神奈川・長崎・箱館の3港で、ロシア・フランス・イギリス・オランダ・アメリカの5カ国との自由貿易を許可した。図は、横浜港で貿易品を積み込む外国船。当初の輸入品は綿などの織物が中心で、輸出は生糸が全国貿易額の3分の2以上を占め、品不足をまねく程だった。
横浜交易西洋人荷物運送の図
横浜開港資料館蔵
生糸売込商店店頭。生糸の束を手に取り品質を見ている外国人。店の左奥にも生糸の束が積まれ、店の前にも荷受けした生糸荷がある。
「横浜市中に於て外国人生糸を見分ける図」
横浜開港資料館蔵
手前に荷を解かれた生糸がある。右の机の上中央にあるのは繊度器検位衡(デニール検査器、糸の細太を鑑別する)。左手にある大きな器械は再繰検査(切断しにくさを調べる)用の器械。また左寄りに台秤が見える。このバビエル商会の生糸検査が内外商人の紛争点の一つとなった事もあった。
「横浜七十六番バビエル商会生糸検査室の図」 「日本絵入商人録」より
横浜開港資料館蔵