川上正光

 「エンジニア心得帖」

ヒット カウンタ
since 2003/07/23

 
  1. エンジニアは人間として立派であること。このためにはたえず良心に磨きをかけていなければならない。

  2. ”独創”と”奉仕”を常に心がけねばならない。

  3. プロ意識に徹すること。自己の立場をはっきり自覚して、学生時代の甘さを払拭すること。学生時代のプロとしては成績がよいことが第一かもしれないが、社会に出てからは、むしろ、独創力、集中力、統率力などが優先する場合が多いと知るべきである。

  4. 経済的感覚を十分に磨いておくこと。エンジニアも正価販売、月賦販売、リース販売等のメリット・デメリットなどを知っているべきである。

  5. 多段脱皮型人間であるように心掛けておくこと。ある人【原注1】は優秀なロケットは多段型であって、人間も多段に噴射するようでなければならないというようなことをいった。人の一生は次々にそのポストが変わることを思うと、これも至言であろう。

  6. ”信用第一”と心得ねばならない。昔は”50歳までは世の中に信用を蓄えよ、そうすれば50歳以後に金は自然にたまるものだ”といわれていた。今でもこのことはそう違っていないようだ。”自慢傲慢はもとより忌むべきなれども、自ら恃(たの)み、自ら信ずるはまた人の一徳なり。自ら拙なりと思えば、ますます拙に陥り、自ら巧なりと信ずれば、次第に巧に進むものなり。”(福沢諭吉氏の愛児への手紙の一節) これらのことは、信用ある人間の必須条件であると思う。人のためにつくして、報いを求めないこと。”裁きは神にあり。” ほめたり、罰したりは神がしてくれるものである。

  7. 隣人愛と不撓不屈の精神が必要である。

  8. 誇りと責任をもとう。(以下、一部略)

  9. 常にalternativeを考えるように心がけよう。日本人はとかく、一つの型しか考えない習性をもっている。ところが物事はたいていの場合多様性があるものである。

  10. 人の使い方、使われ方
    エンジニアは人を使ったり、使われたりするのが一般である。このことは実社会においては実に大切なことであるにもかかわらず、学校時代には、大切であるということの注意も受けないのが普通であろう。筆者は入社後数年にして、技術課と検査課を同時に担当させられて、心の準備ができておらずたいへん困った経験がある。思い悩んだすえ到達したのは次のようなことであった。”自分に与えられた条件のもとで、誰がやってもこれ以上のことはできないということしかできないのだ。”これがその時の結論であり、このことは今もって変わらない。

これが結論であるが、二、三気のつくことをかいてみよう。

  1. 常に虚心坦懐、私心を含まないこと。

  2. 命令は大義名分がはっきりしたものでなければならず、途中で変えないこと。

  3. 結果が無駄に終わるような仕事はさせないこと。

  4. よい結果が出たら部下の功績とし、失敗したら自分が責任をとること。

    部下の者が、上司が自分でできないから俺にやらせんるんだと思うようでは、部下はいうことをきかないものだ。これはちょうど馬に乗ったとき、馬が首を後方に向けて馬手をにらむのは馬手をなめてかかることを意味し、こうなっては、全然馬は動かないのといっしょである。つまり、部下の方が実力が上では、上司のいうことはきかないものと知るべきである。

山本五十六元帥のことばを参考にのせておこう。

”やって見せて、言って聞かせて、させてみて、
               ほめてやらねば、人は動かじ”

 

 

徂徠訓

  1. 人の長所を始めから知ろうとしてはいけない。人を用いて始めて長所が現れるものである。

  2. 人はその長所のみをとればよい。短所を知る必要はない。

  3. 自分の好みに合う者だけを用いるな。

  4. 小さい過ちをとがめる必要はない。ただ仕事を大切にすればよいのだ。

  5. 人を用いる上はその仕事を十分に委せよ。

  6. 上にある者は、下の者と才智を争ってはいけない。

  7. 人材は必ず一癖あるものである。彼は特徴のある器であるからである。癖を捨ててはいけない。

  8. 以上に着眼して、良く用いれば、事に適し、時に応じる程の人物は必ずいるものである。

(荻生徂徠、江戸時代の朱子学者。梅香る、隣は荻生 惣右衛門)

 

  1. 報告書(文章)のかき方

一般に文章はできるだけわかりやすくかくべきものである。これについて福沢諭吉は次のようなきわめて適切なことを述べている。

”元来文章と事がらとは全く別のものにて、つまらない事をむずかしく書くことができる。大切な事もやさしく書くことができる。難しき字を用うる人は、文章の上手なるにはあらず。内実は下手なるゆえ、ことさらに難しき字を用い、人の目をくらまし、その下手を飾らんとするものなり。(中略) 少年は、必ずその難文に欺かれざるよう用心すべし。”(”文字の教”の結言)

これに続いて、伊藤正雄氏(福沢諭吉入門、p.69)は次のようにいっている。

”難解な文章の多くは、筆者の無能か、無責任か、または虚栄心を暴露したものにすぎない。真剣で充実した文章ほど、率直で、ただちに万人の心に迫るものがある。平明達意は文章の極意、よろしく平易な文章を学ぶべきであろう。”

名文の条件は @簡潔 A明晰 B情感の豊かさ にあるといわれている。したがって one sentence は短いほどよい(漱石の文章は代表例)。

また、研究報告書も独創性の高いものは1ページ程度の短いものが多い。このことは八木秀次先生が強調されていたし、ほかにもノーベル賞受賞者(名は失念した)も来日したときテレビで同じことをのべていた。

その他雑件を次にのべることとしよう。

  1. 社会に出たとたんに本を読まなくなってしまう人がいる。学生時代にせっかく身につけた読書というよい習慣を失うのはおしい。ただし、本なしでは動きがとれないようでは困る。要点を理解し自分のものとしながら読むように心がけるべきである。

  2. 現代は諸種の学問・技術がからみ合って進歩・発展をしており、境界はだんだんうすれつつある。そこで、必ずしも深くなくとも、周辺の知識をも常に取り入れるよう心がけてほしい。今後はいっそう総合した知識を身につけることが要求されるであろう。

  3. 現場用語は学術用語と異なることも少なくない。聞くはいっときの恥という。社会へ出て間もない若い人は知らなくとも恥ではない。そういう時機に、どしどし知識を吸収してしまうことである。

  4. 実験室でできても、少なくとも次の三つの条件を満たさなければ、工業化にふみきれるとはかぎらない。それは、商品価値があること、製造費が不当に高くかかりすぎないこと、他の同類のものより明らかにすぐれていることの三つである。

  5. 事故のときこそ沈着であれ。たいへんむずかしいことだが、きわめてたいせつなことである。もちろん事故を起こさないことが、エンジニアの第一要件であることはいうまでもない。

見、師と等しきときは師の半徳を減ず。

見、師より過ぎて、まさに伝授するに堪えたり。

                  ―― 潙山禅師

 

見解が師匠と同等ならば、師匠の半分の働きしかできない。

更に、独創を加えてこそ、師匠の後を継げるというものだ。


【原注1】 森島通夫博士、理論経済学専攻、昭和51年度文化勲章受章者


【出典】 川上正光、「工学と独創」、共立出版、1977年、134-138頁より転載。本学の初代学長が執筆した工学(技学)を志す若者への書。技術者倫理を主題として書かれたものではありませんが、研究や仕事への取り組みの姿勢について様々な示唆を受けると思います。本学開学(1976年10月、第一回の学部入学式は1978年4月)の翌年である1977年5月に初版2,500部でスタートし、翌1978年10月までの約1年5カ月の間に7回増刷され、合計14,000部が刊行された名著です。現在は絶版ですが、本学図書館はじめ多数の大学図書館に所蔵されています。また、本学教官の多くも手元にお持ちだと思います。


川上先生の科学技術や教育、大学論、教師論に関するご著作の一覧表をこちらのページにまとめました。(2006年1月29日追記)


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last updated 2006/01/29