点字の世界史年表
Yoshiki Mikami
作成 2000年10月1日, 最終更新 2000年10月1日


この年表は、欧米、日本、アジアにおける点字方式の発展とその利用の歴史をまとめたものです。点字も文字符号化方式のひとつの形態であり、また、言語圏(あるいは文字圏)毎に発展を遂げました。筆者は、文字符号の発達史のもう一つの側面として、点字符号発達の歴史を探ってみたいと思っています。まだ不充分な調査しかできていませんが、関心のある方は是非いろいろな情報をお寄せください。(長岡技術科学大学 三上喜貴

西暦   日本 日本以外のアジア地域
 8世紀      
 9世紀      
10世紀      
11世紀      
12世紀      
13世紀 フランス王ルイ9世、十字軍の戦闘で失明した兵士のためにQuinze-Vingtsと呼ばれる看護施設を設ける。 [7]    
14世紀      
15世紀      
16世紀   この頃、平曲・三弦・筝曲・鍼灸・按摩等に携わる盲人達により「当道」と呼ばれる職能団体が組織され、検校等の盲官位階を授与した。  
17世紀   石村検校、八橋検校等が多数の筝の名曲を作曲・演奏 [6]  
18世紀 1784年、ParisでValentin Haüyが盲人教育を開始する。彼は紙に文字を浮出して印刷する方法を考案し、盲人用の書籍刻印を開始する。またパリに初の盲学校The Royal Institution for Blind Childrenを設立する [1]    
1800-09      
1810-19      
1820-29 この頃、フランス陸軍を退役したCharles Barbierが、Haüyの方法により刻印された本を読む盲人を見て点字法を着想する。

1829年、フランス人Louis Brailleが縦3点・横2点からなる点字法を考案 [2]

   
1830-39 1830年代から40年代にかけて、英国では幾種類かの線画を単純化したデザインの浮出し文字が考案された。[3]     
1840-49      
1850-59      
1860-69      
1870-79 1872年頃、ニューヨーク特殊教育院(NYISE)の教師William Bell Waitが縦2点・横は可変長の点字法New York Point法と盲人用の音楽表記法を考案。American Asso. of Instructors of the Blindの承認を受けて全米に広がる。[4]

1878年、米国ボストンの教師J. W. SmithがBraille式を変更したAmerican Modified Brailleを考案。[5] 

1871年(明治4)、当道廃止。  
1880-89   1885年(明治18)、官営の盲学校ができる。   
1890-99 1894年、William Bell WaitがNew York Pointをエンボスできる盲人用タイプKleidographを発明。[4] 1890年(明治23)、東京盲唖学校教師石川倉次がBraille式点字を翻案し、かな点字を考案。この頃から点字を書く点字板が輸入されるようになる。

1898年、石川倉次、拗音を加えて現在のかな点字法を完成。 

 
1900-10      
1910-19      
1920-29   1922年(大正11)、点字新聞『点字毎日』創刊

1923年(大正12)、盲学校令公布

1925年(大正14)、衆議院議員選挙法により、点字投票が認められるようになる。

 
1930-39      
1940-49      
1950-59      
1960-69      
1970-79      
1980-89      
1990-99      

脚注

[1] Valentin Haüy(1745-1822)は”Father and Apostle of the Blind"と呼ばれる。西欧社会における盲人教育の創始者であり、パリには彼の名を冠した博物館(Musée Valentin Haüy)がある。彼の人物伝についてはCatholic Encyclopediaの下記の記述を参照。彼が触覚による知覚という方法を発想したのは、パリのサンジェルマンで盲目の少年François Lesueurにコインを渡したとき、少年がコインの表面に触っただけで直ちにその額を言い当てたからであるという。Haüyは少年Françoisにこの方法で文字を読む練習を続けさせ、その成果をパリの王立アカデミーで発表した。
http://www.newadvent.org/cathen/07152b.htm

[2] Charles Barbier(1767-)が当初着想した点字法は縦6点・横2点からなる12点式の点字である。しかも文字ではなく、音を符号化したものであり、実際、彼は自分の方法を"Sonography"と呼んでいた。彼は夜間の戦場でも読める符号として活用できると考えたが、実際に戦場で使われたことはない。若き日のLouis Braille(1809-1852)はBarbierのこの着想に接して6点式の点字法を考案した。Brailleはフランス人であるから、彼の点字法は[W]を含まず、逆に補助記号付の母音[     ]が含まれていた。Haüy、Barbier、Brailleによる点字創造の歴史に関しては次の二つのサイトが参考になる。
Enabling Technologies社のサイトにある"How Braille Began":http://www.brailler.com/braillehx.htm
New York Institute of Special Education (NYISE)のサイト:http://www.nyise.org/blind/barbier.htm

[3] これは文字符号ではなく、触覚で読む図形文字というべきであろう。Gall、Alston、Lucas、Moonなどにより、幾種類かの考案が行われた。NYISEのホームページに詳しい解説がある。
http://www.nyise.org/blind/gall.htm

[4] William Bell Wait(1839-1916)の業績については、彼が長く教師としてまた院長として在職したニューヨーク特殊教育院(New York Institute of Special Education: NYISE)のホームページに詳しい記述がある。Waitの考案した点字法は、用紙スペース節約のために縦2点とし、横は文字の出現頻度を考慮して2点、4点、6点と可変長で表現することとしたことに特徴がある。また、多重母音、多重子音や頻出単語には独自の符号が割り当てられている。この点字法をNew York Pointと呼ぶ。また彼の考案した盲人用タイプライターは12鍵盤であり、片手で打鍵することができる。片手は文字を読むために必要と考えたからである。
http://www.nyise.org/text/wait2.htm

[5] Brailleと同様に6点式の点字だが、文字の出現頻度を考慮して、頻出文字には点の少ない符号を割り当てている。例えば、A、Eは1点で表され、I、O、R、S、Tは2点で表されるという具合である。同じくNYISEのホームページに詳しい説明がある。
http://www.nyise.org/blind/american.htm

[6] 盲人の検校による作曲の歴史などについて、佐藤障山氏作成の尺八、筝曲の歴史年表がある。点字と直接の関係はないが、盲人の活躍という趣旨でこの年表に記載した。
http://member.nifty.ne.jp/shouzan/sub03.html

[7] この施設は現在では近代的な眼科病院となっている。
http://www.quinze-vingts.fr/

[8] 


参考資料・参考サイト


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