中国の科学技術政策

 

三上喜貴@長岡技術科学大学 計画経営系

1998年

 

1 R&D活動の概況[1]

 

1.1 歴史的概観

中華人民共和国成立後、中国は旧ソ連からの軍事技術援助を得て直ちに原爆やミサイルの開発に着手した。早くも1956年には国務院科学計画委員会により「1956-67年科技長期発展計画」が策定され、翌57年には旧ソ連との間に「国防新技術協定」を締結して大量のソ連人科学者・技術者の受け入れを開始した。ソ連との蜜月はわずか数年で終わるがその後も独力によって開発を進め、64年には初の原爆実験に成功し、66年には弾道ミサイルの発射実験にも成功した。こうした中で60年には科学技術予算の財政支出に占める比率は5%を超え、対国民所得比でも2.8%となった。公表される科学技術予算に国防関係は含まれないから、国防関係を含む科学技術予算の合計は更に大きかったものと思われる。なお科学技術予算の対GNP比で見ればこれが歴史上のピークである。

その後「文化大革命」の時期(1966-76年)には、科学技術は「冬の時代」を迎える。科学者や技術者は「知識分子」として農村へ「下放」され、科学技術予算も停滞した。

しかし「4人組」が追放され、「改革開放路線」が定着する過程で科学技術も本来の位置を取り戻し、科学技術体制は再建に向かった。1978年に開催された「全国科学大会」で、登小平は「科学技術が第一の生産力である」と語り、また「(科学者や技術者を含む)知識人は労働者階級の一員である」と規定してその地位を復活させた[2]。特に80年代後半以降は外国資本とその先進的な技術の導入を積極的に求め、またハイテク産業技術の開発を目指した「863計画」や「火炬(たいまつ)計画」等の多数の国家的科学技術プロジェクトが開始されている。同時にR&D活動においても市場原理が追求され、研究機関や大学もまた「下海」[3]して、自己努力によりR&D活動資金を得ることが求められるようになった。実際、かつてはR&D活動資金の100%を政府予算に求めていた研究機関や大学が今日では資金の半分以上を自らの技術の販売や副業収入によって調達するようになっており、また「中国自然科学基金」の活動などを通じ、縦割の指揮命令系統を越えた競争的な資金配分メカニズムも登場しつつある。企業においても同様であり、R&D課題の選択に際して、上級機関からの指示を仰ぐという姿勢から市場動向を自ら判断して決定するという姿勢への変化が顕著となっている。また国防技術開発の分野でも「軍民技術一体化」の認識が定着し、半導体、情報技術などの「両用技術」に重点が置かれるようになってきている。

 

1.2 R&D支出の水準と配分

中国のR&D支出総額は93年で600億元(約105億ドル)、対GDP比では1.87%である。R&D支出の絶対額は毎年10〜20%台で伸びつつあるが、GDP自身の高い成長もあり対GDP比では一進一退を繰り返しているという状況である。しかし政府負担の割合は改革開放路線の下で一貫して低下してきている。

支出部門別に見ると、R&D支出の54%は中央、地方の各政府に属する研究機関が占め、企業が41%、大学が5%となる。その財源構成を見ると、研究開発機構及び大学の主な財源は「政府発款」と「横向収入」である。「発款」はいわば政府補助金であり、「横向収入」とは上級機関以外からの様々な収入を指す。外部からの委託研究費収入、コンサルタントなどの技術サービス収入等がこれに分類される。但し横向収入の中には間接的ながら政府資金を財源とするものも含まれると考えられるため、結果的には政府資金への依存度は本表の示す数字よりも更に高いものと思われる。実際、政府が94年度から作成している「科学技術黄皮書」(「白書」に相当)によれば、研究開発機構の場合で45.1%、大学の場合で49.4%(いずれも1993年の数字)の資金が政府に依るものであるとされている[4]。また「貸款」と呼ばれる貸付もR&D活動の財源として活用されている。一方企業の場合には63%が自己調達資金(下表のその他を含む)であり、政府資金への直接の依存度は25%程度(政府発款のみを取り上げた)である。

 

表1 R&D資金の支出と負担のフロー(1993年、自然科学技術分野)単位:百万元

負担\支出主体

研究開発機構

大学

企業

負担額計

収入合計

34,098

3,212

26,541

63,851

 政府発款

11,975

1,587

1,616

15,178

 横向収入

16,230

1,319

619

18,168

 貸款

2,716

-

7,025

9,741

 自己調達

3,177

88

16,630

20,762

 その他

 

217

650

 

支出額計

32,182

2,985

24,890

60,057

(注)収入内訳の項目分類は部門によって異なるため、筆者が組み替えを行っている。研究開発機構については本表に記載のとおりである。大学については「科研事業費」「主管部門専項費」「その他政府部門専項費」の3項目を合計して「政府発款」欄に計上し、「企事業単位委託経費」を「横向収入」欄に、「各種収入中転為研究・開発経費」を「自己調達」欄に計上した。企業については「上級発款」を「政府発款」欄に計上し、「接受外単位委託」を「横向収入」欄に、「専項貸款」を「貸款」欄に、「企業自籌」を「自己調達」欄にそれぞれ計上した。

(出典)「中国科技統計年鑑」1994年版

 

1.3 人材の雇用構造

中国の科技統計には、科学技術人材について様々な「用語」「概念」が登場するために、国際比較の可能な形で実態を捕えることはなかなか難しい。最も広い概念としては「職工」があり合計3,800万人に達する。次に「科学技術活動従事者」があり合計234万人である。この中には、科学技術に関する情報サービスやコンサルティング活動など、R&D活動に直接従事しないものも含まれる。

より直接的にR&D活動に従事するものの数としては、研究開発機構の場合には「課題活動人員」、企業の場合には「技術開発人員」、大学の場合には「研究・発展人員」等のカテゴリーがある。国際比較の上でOECDベースの「研究開発従事者」に近いのはこの最後のカテゴリーであると考えられるので、これをまとめて「R&D人員」と名付け、次表に示した。その合計は146万人であり、うち科学者・技術者が77.7万人である。対労働力人口1万人比ではそれぞれ24人、13人となる。この規模を日本と比較すると、労働力人口比では7分の1程度だが、絶対数で見れば日本のそれをも凌ぐものである。また、中国では限定的ながらフルタイム・ベースでの人材動向についても調査が行われており、これを要約して表2bとして掲げておく。

 

1.4 科学者・技術者の出入国管理緩和

中国からは毎年10万人を超える若者が海外留学に派遣されている。留学生の絶対数で見れば、これは日本のほぼ倍の規模である。こうした留学生の中には帰国せずにそのまま研究者、技術者としての生活を海外で送る者も少なくない。戦後を通じて見ると3人の中国人が自然科学部門でノーベル賞を受賞しているが、彼等はいずれもこうした「頭脳流出組」であり、しかも全て米国で研究生活を送りながら受賞している[5]。また最近発表されたある調査によれば、1978年以降中国からは延べ27万人が海外へ留学しているが、天安門事件(1989年6月)後は留学生のほとんどがそのまま留学先に留まっており、やっと1993年以降になって帰国者数が徐々に回復し始めたという[6]。科学研究分野のみならず、海外でハイテク分野のビジネスに成功している中国人技術者も少なくない。こうした流出頭脳の呼び戻しや研究者の国際会議出席、在外研究促進、外国人研究者の招聘活発化はいずれも中国の科学技術レベル向上にとって極めて重要であるとの判断にたち、国家科学技術委員会が中心となって科学者・技術者の入出国の扱いを87年から緩和しつつある[7]

 

表2a R&D従事者の雇用構造(1993年、自然科学技術分野)  単位:人

部門

研究機関

大学

企業

合計

機関数

5,119

814

18,415

24,078

職工数

1,010,513

1,021,338

35,705,854

37,737,705

科学技術活動従事者数

665,849

628,159

1,045,808

2,339,816

 内科学者及び技術者

370,552

538,040

363,537

1,272,129

 内その他技術人員

202,329

52,593

326,345

581,267

 内補助人員

n.a.

37,526

n.a.

n.a.

R&D人員(注)

304,968

240,716

917,759

1,463,443

 内科学者及び技術者

204,506

224,943

347,896

777,345

 内その他技術人員

85,572

7,543

319,800

421,145

 内補助人員

n.a.

8,230

 

 

R&D人員(全時人員)

(304,968)

141,053

556,918

(1,002,939)

 内科学者及び技術者

(204,506)

131,412

n.a.

n.a.

 内その他技術人員

(85,572)

4,353

n.a.

n.a.

 内補助人員

n.a.

5,288

n.a.

n.a.

(注)R&D人員については「研究機関」の部では「課題活動人員」、「企業」の部では「技術開発人員」、「大学」の部では「研究・発展人員」を採用した。

(出典)「中国科技統計年鑑」1994年版

 

表2b フルタイム・ベースでみたR&D従事者数(1993年)   単位:FTE

部門

試験研究機関

大学

企業

合計

R&D従事者

316,986

146,680

712,480

全時人員:556,918

+非全時人員の全時換算分:155,562

1,176,146

内科学者技術者

201,368

n.a.

n.a.

 

研究補助員

n.a.

(研究生) 31,428

n.a.

 

(注)「研究機関」においては「科技活動課題状況」(表2-34)に掲載されている自然科学技術領域の「投入人員」を、「大学」も「研究・発展課題状況」(表4-44)に掲載されている「当年投入人数」を、「企業」においては「技術開発人員状況」(表3-3)に掲載されている「全時人員」と「非全時人員折合全時人員」(人年)との合計を採用した。

(出典)「中国科技統計年鑑」1994年版

 

1.5 研究分野と性格

中国の科技統計ではOECDの「研究分野」や「社会経済目的」に相当するような分類での調査・集計が行われていない。それに近いのは下表のような「業種・事業」分類であるが、これは研究開発機構についての調査のみである。大学については「分野」や「目的」は研究課題の発注機関から類推するしかない。これについては後述する。企業については鉱工業以外の分野は調査対象外となっているようだ。また「基礎・応用・開発」の3段階分類についても調査されているのは大学のみである。

 

表3 研究分野別のR&D支出(1993年)   単位:

部門

研究開発機構

大学

企業

合計

自然科学領域計

32,182

2,985

24,890

60,057

 農林漁業

2,696

n.a.

n.a.

n.a.

 工業

14,346

n.a.

23,818

n.a.

 鉱業

388

n.a.

1,072

n.a.

 建築業

742

n.a.

n.a.

n.a.

 運輸通信業

1,379

n.a.

n.a.

n.a.

 衛生福利事業

1,449

n.a.

n.a.

n.a.

 教育文化事業

59

n.a.

n.a.

n.a.

 科学研究

9,408

n.a.

n.a.

n.a.

 その他事業

557

n.a.

n.a.

n.a.

人文社会科学計

369

n.a.

n.a.

n.a.

合計

32,551

n.a.

n.a.

n.a.

(出典)「中国科技統計年鑑」1994年版、表2-26、表2-29及び表3-8

 

表4 性格別のR&D支出(1993年)   単位:百万元

部門

研究開発機構

大学

企業

合計

基礎研究

n.a.

299

n.a.

n.a.

応用研究

n.a.

1,400

n.a.

n.a.

試験開発

n.a.

913

n.a.

n.a.

合計

n.a.

2,613

n.a.

n.a.

(注)大学のR&D支出額は、調査範囲が異なるためか、合計額が本項表1の数字と一致しない。

(出典)「中国科技統計年鑑」1994年版、表4-37

 


2 科学技術行政機構と政府のR&D活動

 

2.1 科学技術行政機構の概要

中国の科学技術行政組織は複雑膨大である。大きく分けて軍事関係の諸組織と非軍事部門の諸組織とに分かれる。原爆、戦略ミサイルを開発してきた国家であるから、国防関係の研究開発組織も巨大なものであると想像されるが、得られる情報がないことからここでは触れない。しかし「1トンのウランよりも1オンスのシリコン」 < と言う科学技術協会幹部の最近の発言にも象徴されるように、軍の近代化にとってエレクトロニクス・情報処理技術のような「両用技術」がますます重要な役割を果たす時代となってきていることは良く認識されており、国防関係のR&D組織においても、こうした分野への重点のシフトが起こっていることは想像に難くない。以下、非軍事部門に限って主な組織を概観しておく。

 

◯国家科学技術委員会(SSTC : State Science and Technology Commission)

国務院の下にあって科学技術に関する戦略・方針・計画を決定、実施するほか、政府各部門間での科学技術行政全般の調整に当たる。

◯中国科学院(CAS : Chinese Academy of Sciences)

1928年に南京で設立されたが、戦後本土と台湾の二つに別れた。本土では中華人民共和国成立と同時にソ連型のアカデミー組織に倣って再建された。数学、物理、天文学、化学、地学、生物学、農学等の各分野に120を超える研究所を有し、中国における基礎科学研究の中心的組織である。また、中国科技大学(安徽省合肥、1958年設立)、淅江大学(淅江省杭州市、1897年設立)、ハルピン科技大学(ハルピン市、1920年設立)、成都科技大学(成都)等幾つかの直轄の科技大学を有する。

◯国務院各部

国務院の各部もまた、独自の研究機構及び高等教育機関を有している。とりわけ航空航天工業部、電子工業部の様な産業所管部や、郵電部、鉄道部などの事業部門は有力な研究機関を傘下に持ち、科学技術予算の面でも大きな比率を占める。中国の科学技術行政機構はかなり分散的な構造を有しているといえる。

◯中国自然科学基金(CNSF : China Natural Science Foundation)

国家的レベルでの基礎研究の強化を目的として1986年2月に設立された。米国のNSFと同様、研究者・チームに対するグラントの支給を行っている。

 

2.2 国家的プロジェクト

「科学技術が第一の生産力である」との認識にたち、改革開放路線の下で科学技術の発展には国家建設上の最重要な役割が与えられてきたが、それが今日のような政策体系をとるに至ったのは1980年代後半である。第7次5ヵ年計画(1986-1990)では、農村および農業の振興を目指した「星火計画」、半導体・情報・通信等のハイテク産業技術の開発を目指した「国家高新技術研究開発計画」(開始時点の年月から「863計画」とも呼ばれる)と「火炬(たいまつ)計画」、基礎科学の振興を目的とした「中国自然科学基金」などが導入され、或いは設立され、更に第8次5ヵ年計画(1991-1995)では国家建設と一体となった大型の研究開発計画として「国家重点科技攻関計画」(5ヵ年計画の略称から「八五計画」とも呼ばれる)、基礎科学大プロというべき「攀登計画」などが導入された。これらの諸計画は狭義のR&Dのみならず、研究施設の整備や成果の普及、新技術の企業化、商品化までをも含む総合的な計画である。

 

表5 中国の国家的科学技術計画一覧

国家計画名

開始年

目的、研究課題数等

累積予算(億元)

【国家経済建設の重点分野】

 

 

国家重点科技攻関計画

(「八五計画」「攻関計画」)

1991年

エネルギー、輸送等の国家建設課題に対応。179項目、4000余課題

(期間中の合計) 35

・重点工業性試験項目

1984年

科学技術成果の応用、製品化促進

30

・星火計画

1986年

農業と農村発展のため。

20

・科技成果重点推広計画

1990年

科技成果の産業化促進。

融資   20

・軍転民科技開発貸付

1986年

軍民転換促進のための貸付。

融資  6.5

・国家工程研究センター建設

1991年

エンジニアリング研究センター

3.5

【ハイテク産業技術分野】

 

 

・国家高新技術研究開発計画(通称「863計画」)

1986年

バイオ、宇宙、情報、レーザー、自動化、エネルギー、新素材の7分野対象。1500余項目

(1993年) 2.9億元

・火炬(たいまつ)計画

1988年

上記ハイテク分野の製品化促進。

1200項目

【基礎科学分野】

 

 

・国家重点実験室建設計画

1984年

156実験室設置

9.5

・攀登(クライミング)計画

1992年

30の基礎研究重点課題

0.7

・国家自然科学基金(CNSF)

1986年

基礎科学研究グラント

13.5

(出典)「黄皮書」

 

2.3 国立研究所

中国には800を超える研究開発機構がある。これらは国務院の各部または省市等の地方組織に属し、主として政府資金により運営される研究組織である。その相対的な分野別の配置を概観するため、下表に所管「部」(日本の「省」に相当)別にみた「研究課題」の付与状況、投入人員、予算をまとめた。表の下段には、「計画単列企業」と呼ばれる、国家計画上各「部」と同等の資格を有する企業群も掲げてある。

 

表6 研究開発機構への研究課題付与状況(1993年)

課題提出機関

課題数(項目)

投入人員(人・年)

投入経費(百万元)

合計(自然科学分野)

89,708

316,986

7,692

国務院分合計

48,540

216,944

6,285

 中国科学院

9,922

27,449

819

 機械電子工業部

5,023

11,951

378

 郵電部

963

2,127

114

 化学工業部

1,327

6,092

114

 冶金工業部

1,711

4,205

111

 鉄道部

1,240

3,110

96

 能源部

1,099

2,580

95

 水利部

1,859

3,698

91

 交通部

917

2,570

79

 衛生部

1,417

5,128

53

 国家建築材料工業局

630

1,809

51

(国務院のうち、企業分上位5社)

 

 

 中国石油化工総公司

167

2,077

84

 中国有色金属工業総公司

1,647

4,469

79

 中国統配煤鉱総公司

1,089

3,251

47

 中国汽車(自動車)工業連合会

190

1,348

41

 中国石油天然気総公司

273

1,770

41

地方分

41,168

100,042

1,408

(出典)「中国科学技術統計年鑑」1994年版、第2部の各表より。

 

2.4 中国科学院

傘下に123の研究機関を抱える最大の基礎科学研究組織である。全国21の省、自治区、直轄市に展開するが、その多くは北京と上海に集中している。分野別機関数は、生物系31、数物系26、技術系27、地学系22、化学系15、その他2という構成である。1993年の全収入は22億元であり、その財源内訳は政府12.65億元(55.8%)、横向収入6.36億元(28%)、銀行貸款0.27億元(1.2%)、その他3.41億元(15%)である。政府資金の中では「科学事業費」の比重が低下しており、これに代わって「科学専項費」や「中国自然科学基金」からの資金が増加している。課題研究に限って見ると、傘下の研究機関はいずれも主要な計画における中心機関となっており、総額8.19億元が配分されている。主要プログラム別の構成は以下のようになっている。

 

国家課題        48.4%

 国家科学基金      12.2%

 八五攻関計画      15.8%

 863計画        10.2%

 攀登計画        1.8%

 その他        8.4%

自己提出課題        7.0%

中科院計画課題      16.9%

 

他方、研究機関は政府の資金のみに依存することなく「下海」 して自らの事業収入を得る努力をすることが求められている。それは単に財政負担を減らすという観点のみならず、R&Dに対する姿勢において、より市場指向を強めるための方策という意味合いも兼ねている。中科院といえどもその例外でなく、自らの研究成果を基礎として設立された500社を超える「高新技術企業」を有しており、その売上高は42億元に達しているという。500社の中には中外合資企業70余社、海外に設立された「境外企業」16社も含まれている。コンピュータ・ソフトの分野で活躍する「連想集団」(海外では"Legend"のブランド名で知られる)は傘下研究機関の一つである計算技術研究所(CTI : Computer Technology Institute)のスピンオフ企業であるが、今日では香港にHong Kong LegndとQuantum Inc.という二つの子会社を持ち、世界中の中国語ユーザーを対象とした中国語ソフトやパソコン用のマザーボードなどを製造販売して成功を収めている。


 

3 高等教育の体制と大学のR&D活動

 

3.1 高等教育の体制

広大な国土に十数億人を超える人口を有する中国には、800校を超える高等教育機関(「大学」あるいは「学院」と呼ばれる。中国の政府文書では両者を一括する呼称として「高等学校」を用いているが、日本の「高等学校」との混同を避けるため、以下では両者を含めて「大学」と表記する)がある。在校する学生数は全学部合計で約140万人、建国以来の累積総卒業生数は工科307万人、理科54万人である 。

これらは全て国または地方政府が設立・運営を行っており、その専門分野の構成によって「総合大学」「工科院校」「農林院校」「医薬院校」「師範院校」等の各類型に区分される。多くのアジアの国では、大学行政が教育省ないし大学省の下で一元的に行われているのに対して、中国では産業育成と人材育成とが表裏一体で行われてきた歴史を反映して、工科院校のほとんどは郵電部、航空航天部、電子工業部、交通部(「部」は日本の「省」に相当)といった産業担当部に所属している[8]。従って産業技術分野では、管轄する院校の卒業生が行政部門や国営企業の技術スタッフとして巣立っていくという関係にある。逆に行政や企業で経験を積んだ専門家が教官として所管する院校に戻るというケースもある。以下に北京の場合を例にとって、所在する主要な大学とその「類型」、「管轄」部委がどのように分布しているかを示す。

 

表7a 主要高等教育機関(北京の場合、設立年順)

大学名(略称)

設立年

類型

管轄

教官数

学生数

北京大学

1898年

総合院校

教育委

2,240

18,600

北京師範大学

1902年

師範院校

教育委

4,500

6,300

北方交通大学

1909年

工科院校

交通部

1,056

7,662

清華大学

1911年

工科院校

教育委

3,311

14,125

北京医科大学

1912年

医科院校

衛生部

3,721

5,000

中国人民大学

1937年

総合院校

教育委

1,595

14,289

北京科技大学

1940年

工科院校

?部

1,604

9,254

北京航空航天学院

1952年

工科院航

航天部

2,300

11,000

北京郵電学院

1954年

工科院校

郵電部

1,800

8,000

北京信息工程学院

工科院校

電子工業部

(出典)The World of Learning 1996の記載に、一部筆者が追加した。

 

3.2 大学におけるR&D活動

大学におけるR&D活動は国全体の約1割強を占める。専門分野別に見ると78%が工科院校に配分されており、総合大学が10%弱、医薬院校が6%弱、農林院校が4%弱となっている。また、全体の約1割に相当する87校が「重点院校」に指定されており、科技経費の配分の面でも優先的な配分を受けている。重点院校は専門領域、地域的なバランスを考慮して配置されており、各分野、各地域での指導的な役割を果たすことが期待されている。所属区分で見ると、部委に所属する院校が全資金の半分の配分を受けており、教育委直属院校が37%、地方所属が13%となっている。

 


表7b 大学の区分別にみたR&D活動      単位:億元、人、FTE

大学区分

学校数(注1)

R&D支出(注2)

R&D人員(注2)

同左

 

(校)

(億元)

(人)

(FTE)

合計

814

29.85

240,716

141,053

【学校類型別】

 

 

 

 

総合大学

56

2.85

23,108

13,968

工科院校

281

23.37

113,913

71,247

農林院校

70

1.14

20,447

11,253

医薬院校

120

1.74

60,764

32,973

師範院校

250

0.7

19,541

9,995

その他院校

37

0.04

2,923

1,617

【重点・一般】

 

 

 

 

重点院校

87

21.99

89,797

63,639

一般院校

443

7.61

133,959

73,592

専科院校

284

0.25

8,010

3,822

【所属区分】

 

 

 

 

部委院校

257

14.92

109,288

67,629

教委直属院校

31

11.16

41,206

26,060

地方所属

526

3.76

90,222

47,364

(注1)本表は自然科学系の院校のみを対象として集計されたものである。この他に言語・財経・政法・芸術系院校155校、体育・民族系院校26校、短期職業大学83校がある。

(注2)R&D支出の数字は「研究・発展経費支出総額」をとったものである。R&D人員の数字は「研究・発展人員」をとったものである。この他にフルタイムでR&D活動に従事する人員数のみを示す「研究・発展全時人員」やR&D以外の科学技術関連活動に従事するもの含めた総人員数を示す「科技活動人員」も調査されている。

(出典)「中国科技統計年鑑」1994年版、表4-2及び表4-20

 

3.3 課題研究経費

R&D活動という面からは、具体的な研究課題の遂行を目的として配分される「課題研究経費」に則して見るほうが分かり易い。1993年の場合、大学には課題数で約9万件、金額にして総額26.13億元の課題研究経費が配分された。支出額では22.55億元であるから、R&D支出全体の4分の3が課題研究であることが分かる。これらの各院校への配分パターンは前表にほぼ準じたものである。

一方課題の「発注元」を見ると、国務院の各部委及び所属企業が約4万課題を占める。課題数の多い部委を順に並べると航空航天工業部(4728件)、衛生部(3681件)、機械電子工業部(3202件)、冶金工業部(2802件)、農業部(2441件)、鉄道部(1884件)、交通部(1032件)等となり、企業体では中国統配煤鉱総公司(2104件)、中国石油天然気総公司(1616件)、中国兵器工業総公司(1380件)、中国電子工業総公司(1119件)等である。教育委員会は2万件の課題を与えている。また地方所属院校には約3万件の課題が割り振られている。

 

3.4 国家自然科学基金

基礎研究分野では1986年に設立された「国家自然科学基金」の役割が大きい。これは管轄関係を超えた資金の「クロス・フロー」源となり、米国式のピア・レビュー方式で配分されているという。「黄皮書」によれば「基金」は大学に対して2,439項の課題と1.61億元の資金を配分しいており、これは「基金」の活動においてもそれぞれ69.4%、64.5%を占める。課題には規模の大小があるものと思われるが、一件あたりにすると平均で2.5万元(約30万円程度)となる。

 

3.5 大学のスピンオフ企業

中国で最も成長しているコンピュータソフト企業の一つとして「北大方正集団」があるが、これはその企業名が示すとおり北京大学(通称「北大」)のスピン・オフ企業であり、北京大学の企業化窓口である北京大学新技術公司と香港金山公司との合作により設立され、漢字処理用のボードやレーザー写植システムを開発して事業化に成功した。このように、大学もまた自己の研究成果を活かした事業を通じて研究資金の自己調達を行うことを求められている。「黄皮書」によれば、1994年現在で390校の大学がこのようなスピンオフ企業を設立しており、その売上高は46億元、税引後利益額で7億元を得ているという 。「黄皮書」によれば、これらのうち2億2300万元が大学に還元されているので、大学は研究費の1割相当額を自分で稼ぎ出していることになる。これは全国平均の数字であるから、R&Dの活発な主要大学においてはこの数字ははるかに高いものとなろう。

 


 

4 企業のR&D活動と政府の振興策

 

4.1 企業のR&D活動:業種別概観

中国における企業のR&D活動は、一定規模以上の「大中型工業企業」約17,000社に関して調査されている。業種としては鉱業、製造業、電力・ガス供給業がカバーされており、合計生産額は24,962億元、従業者数の合計は3,570万人となる。鉱工業における産業構成は、概ね食品、繊維等の軽工業が3割、鉄鋼、非鉄素材、化学、石油石炭、重機械等の重化学工業が6割強、エレクトロニクス・通信機器、医薬品といった先端産業分野が7%という構成となっている[9]。R&D資源の配分は当然のことながら相対的に先端産業に傾斜したものとなっているが、R&D支出額でみた軽工業:重化学工業:先端産業の配分比は15%:74%:11%であり、依然として重化学工業のウェイトが高い。

 

表8 産業別のR&D活動(1993年):投入と成果

産業分類

生産額

 

(億元)

R&D支出

 

(百万元)

従業者数

 

(千人)

R&D

従事者数

(千人)

新製品

販売収入

(億元)

国家級技術開発成果獲得数

鉱業

1,660

1,072

2,899

61

18

16

食品・飲料・煙草

2,589

951

2,382

23

264

48

繊維・皮革・家具

2,840

2,218

6,235

15

125

34

紙・紙製品・印刷

621

458

1,412

9

33

4

化学工業

2,310

2,790

2,159

20

125

39

石油工業

1,158

500

213

88

25

8

ゴム・プラスティック

649

806

846

18

42

14

金属・同製品

5,589

4,650

10,814

132

170

64

機械工業

1,884

4,143

2,609

173

270

77

電気・電子機械

2,016

3,629

2,473

144

436

56

輸送機械

1,840

2,340

1,449

126

440

29

精密機械

212

598

444

36

46

15

電力・ガス供給業

1,216

346

697

13

1

18

合計

24,962

24,890

35,706

918

2,034

429

(出典)「中国科学技術統計年鑑」1994年版、第3部「大中型工業企業」の各表

 

4.2 R&D活動の成果

中国の科学技術統計調査では、R&D活動の成果として「新産品販売収入」「新産品輸出額」「新産品実現利益」「技術輸出収入」「対外技術サービス収入」「技術開発成果表彰(国家級、地方級)獲得数」「科学論文数」「科学著作」「特許申請件数」「特許取得件数」など多種多彩な指標が調査されている。これらのうち「新産品販売収入」と「特許取得件数」のみを表に掲げた。

新産品の売上高は約2,000億元で、全売上高の8%を占めるに過ぎないが、その輸出額は154億元、実現利益が226億元となっている。技術輸出収入は3,200万元(その70%が非金属鉱物製造業によるもの)でありまだ無視できる水準である。特許は申請件数が3,285件、取得件数が3,148件である。

 

4.3 R&D資金の財源構成と政府の振興策

次に企業のR&D活動の財源の構成を概観し、併せて政府によるR&D振興政策がどのような手段と規模で行われているのかについて分析する。その際、企業の所有形態による区別が必要なので、まずその現況から概観する。所有形態で見ると国有企業が依然として生産額の68%を占めるが、集団所有制或いは株式会社の形態をとる企業も増加しており、これらの合計生産額は全体の24%を占めるに至っている。合作企業、外資企業はそれぞれ8%、1%である。そして、この中で企業内にR&D機構を持ってR&D活動を行っているものは約1万社である。

まずこれらの企業のR&D活動資金がどのように調達されているかを見る。主な財源となるのは政府資金、自己財源、外部からの委託収入などである。総じて言えば「改革開放政策」の下で、企業体の経営に関する国の関与は資金的にもまた命令系統の点でも縮小される傾向にあるが、この傾向はR&D活動についても当てはまる。

国有企業の場合においても政府からの資金比率は減少する傾向にあり、93年時点で「上級発款」と呼ばれる政府補助金が7%、「専用貸款」と呼ばれるR&D向けの政府貸付が26%である。自己資金によるものは62%にまで低下している。集団所有企業の場合は「上級発款」「専用貸款」「自己財源」の比率はそれぞれ0.5%、30%、63%であり国有企業との差はほとんど見られない。しかし「合作企業」では自己資金によるものが76%を占めている。100%外資のいわゆる「独資企業」ではまだR&D活動は見られない。また、企業が自らのR&D活動の成果として新製品を生みだした場合、政府から「新産品減免税」の措置を受けられることになっており、「集団所有」「合作」企業を含めて適用されているようだ。本措置による減免税額は総額で約6億元に達しており、直接的な資金助成と併せ、企業R&D振興策の重要な政策手段となっている。

 

表9 企業のR&D活動の資金源構成(1993年):所有形態別

企業の所有形態

国有

集団所有

中外合作

外資

その他

生産額(億元)

16,871

5,937

1,896

237

24,962

従業者数(千人)

16,094

17,761

1,622

209

35,706

企業R&D機構数

7,698

1,529

212

2

9,447

(優遇措置適用の独立R&D機構)

(389)

(79)

(4)

-

(473)

R&D経費:収入と支出の内訳】

 

 

 

 

R&D経費収入総額

21,045

4,823

659

2

26,541

 上級発款

1,472

26

11

-

1,617

 専項貸款

5,424

1,466

132

-

7,025

 企業の自己収入

13,085

3,036

504

2

16,630

(内、新産品減免税充当分)

583

123

4

-

710

 外部からの委託収入

571

45

4

-

619

 その他

492

170

9

-

650

R&D経費支出総額

19,137

5,095

644

2

24,890

 内部支出

18,688

4,666

637

2

24,003

 外部支出

449

428

5

0

886

繰越分

3,959

240

86

0

4,286

R&D人材】

 

 

 

 

 

R&D従事者総数(人)

813,685

92,460

11,261

150

917,759

(内R&D機構分)(人)

301,925

34,438

4,991

68

341,559

(出典)「中国科学技術統計年鑑」1994年版、第3部「大中型工業企業」の各表

 

4.4 企業のR&D活動の「市場経済化」:課題選定における自主性

企業がR&D活動を行うにあたってどのような課題を選定するかは、企業活動の中でも最も戦略性を有する決断である。中国の科学技術統計では「課題の来源」という項目を設けてこの点についての調査を行っている。下表はその結果を要約したものであり、わずか2年間という短期間の変化を観察するだけでも企業の自主性が着実に高まっている様子が窺える。

 

表10 技術開発項目の選定主体の変化(1990年-1992年)

選定主体

1990年

1991年

1992年

技術開発課題項目総数

39,438

42,213

46,361

上級機関からの指示

42.30%

41.70%

35.80%

その他の単位からの指示

7.00%

6.20%

5.40%

市場の需要に基づく自己判断

50.60%

52.10%

58.80%

(出典)「黄皮書」1994年版、表7-4

 

こうした企業の戦略的判断における自主性の程度は企業の所有形態によって異なる。国有企業においてはまだ上級機関からの指示に基づくものが3割強を占めているが、集団所有企業の場合には23%、中外合作企業の場合には15%と低下し、外資企業では完全に独自の判断に基づいて決定が行われる。今後、改革・開放政策の下で集団所有制、合作、100%外資等の企業が増加するにつれて、R&D活動における「市場経済体制」への移行は一層進展することであろう。

 

表11 所有形態別にみた技術開発項目の選定方法の差

企業の所有形態

国有

集団所有

中外合作

外資

その他

上級単位の指示によるもの

34.50%

23.00%

14.70%

-

23.00%

市場の需要に基づく自己判断

59.80%

72.90%

82.30%

100.00%

72.90%

(出典)「黄皮書」1994年版、表7-5

 

【参考文献】

国家統計局・国家科学技術委員会編、「中国科技統計年鑑1994」、中国統計出版社

国家科学技術委員会、「中国科学技術指標1994:科学技術黄皮書第2号」

国家統計局科技統計司編、「中国科学技術四十年」(1949-1989)、中国統計出版社

林文軒編著、「中共科技事業発展現況」、行政院大陸委員会発行、1992年、台北

The World of Learning 1996, 46th Edition, Europe Publications, 1996, England

"Asia puts its Stump on Science", Science Vol. 267, Oct. 15, 1993, pp.305-476


【脚注】

[1] R&D活動調査について:R&D活動に関する統計としては、人材と科学技術予算に関する数字は建国後間もない1952年から得られる。今日においては、R&D活動を含む科学技術活動全般に関する統計が「中国科技統計年鑑」として編纂・公表されている。調査対象としては、研究機関及び大学については全数が調査されているようだが、企業は大中型企業のみが対象である。「中国科技統計年鑑」には開放経済政策の下で誕生している私営企業や独資 、合資等の三資企業についての数字も含まれるが、これがどの程度の補足率であるのかは不明である。また国防関係のR&Dは含まれていない。

[2] この部分の記述は登小平死去直後の199732日に開催された中国人民代表大会に出席した全国の科学技術関係者を集めて李鵬首相が語った内容からまとめたものである。新華社通信199732日、北京発。

[3] 政府機関或いは公務員が民間部門、市場経済へと出て行くこと。

[4] 表1の収入内訳に示されるどの数字を合計しても「黄皮書」の数字と一致しない。おそらく、「中国科技統計年鑑」に公表されていない内訳によらないと「黄皮書」の数字は作成できないものと思われる。

[5] 李政道(Lee Tsung Dao1957年物理学賞受賞)、楊振寧(Yang Chen Ning1957年物理学賞受賞)、丁肇中(Ting Chao Chung1976年物理学賞受賞)の3人。李と楊は「パリティの非保存」で、丁は「重い素粒子の発見」で受賞した。

[6] 香港科技大学のDavid Zweig助教授による調査。South China Morning Post Mar. 8, 1997

[7] 1985年以降国家科学技術委員会主任を務める宋健(Song Jian)は国務院メンバーの一人であり、また中国の研究者社会に「下海」運動を持ち込んだ人物としても知られるが、国家教育委員会との激論の末にこの措置を勝ち取った。国家教育委員会は政府各部門の中でももっともイデオロギー色が強いといわれ、科学者の出国に極めて警戒的であったという。この分析はScience Vol.202, Oct 15, 1993による。

[8] 日本でも明治初期に工部だ学校が設置されたとき、それは工部省に置かれたのであった。旧ソ連でも同様であり、多くの専門分野の高等教育機関はその人材の供給先となる産業を所管する行政部門が大学の運営にもあたった。

[9] この数字は「科学技術統計年鑑」に記載された業種別生産額に基づいて筆者が再集計を行って得たものである。「先端産業」は、エレクトロニクス・通信機器、精密機械、医薬品を合計したものであるが、業種分類が粗いため過大評価となっている可能性がある。

 


本稿はJETROの発行する「JETRO技術情報」(JETRO Technology Bulletin)、383号、1998年2月に掲載された筆者の原稿を、JETROの許可を得て再掲したものです。再掲にあたって、小見出しの追加などの修正を行っています。引用の際には、JETRO技術情報, 383号, pp.1-36, 1998.と記載してください。


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