政策科学概論 講義ノート
  技術者倫理(その2)

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since 2002/06/23

目次

  1. なぜ「技術者倫理」か

  2. 学協会の「倫理綱領」を読む(以上、その1参照)

  3. 社会における技術者の責任

    1. 安全の確保と技術者の使命

    2. 環境の保護と技術者の使命(工事中)

  4. 学協会の役割

    1. イギリスにおける技術者協会の誕生

    2. 日本における最近の「学協会」論から

  5. 川上正光本学初代学長の「エンジニア心得帖」

【リンク集】

【演習問題】

【脚注】

【参考文献】


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3. 社会における技術者の使命

a. 安全の確保[1]と技術者の使命

社会における技術者の使命について、もう少し具体的に考えて見ます。まず、「安全の確保」という課題における技術者の使命についてです。

狭義に考えれば・・・

まず製品の設計段階において、リスク分析、リスクアセスメントを行い、許容可能なレベルまで残留リスクを減らす努力を最大限に行うことであり、また、製造のプロセスに関しても同様の手順によってリスク低減のための努力を行うことでしょう。このプロセスでは、当然のことながら、以下のような行動基準に従って対応することが求められます。

  • 設計者として、自らの専門家としての知識を発揮すること

  • リスク評価において、事実と良心とに基づく判断を下すこと

  • 自己の専門外の事項に関しては無責任な関与・判断を避けること

  • 雇用者あるいは受託者としての契約を遵守すること

ISO/IEC Guide 51の規定する
リスクアセスメント及びリスク低減の反復的プロセス

出典:ISO/IEC Guide 51:1999  Safety Aspects - Guidelines for their inclusion in standards. この文書は各種の技術規格に安全面の考慮を導入するための指針として作られたものであり、リスク低減のための一般的な手順を記述したものです。ここで「リスク分析」とは「利用可能な情報を系統的に用いて、危険源を同定すること及びリスクを見積もること」、「リスク評価」とは「リスク分析に基づき、許容可能リスクが達成されたかどうかを判断すること」、「リスクアセスメント」とは「リスク分析及びリスク評価の全てのプロセス」と定義されています。

しかし、より広義に考えると・・・

安全確保をめぐる社会的な仕組みの中で、技術者に求められる使命はそればかりではありません。安全確保にかかわる以下のような行動にもかかわることがありえます。

  • 安全基準の策定、社会的な規制ルールの策定に対する専門家としての貢献

  • 安全基準への適合に関する評価の実施

  • 利用者、雇用者に対する教育プログラムのデザインと実施

  • 事故が発生した場合の原因究明

そして、これらの行動の際にも、「専門家としての知識の発揮」、「事実と良心とに基づく判断」、「社会・公衆に対する説明責任」などの行動基準に従うことが求められます。

出典:三上の講義資料「安全規制とマネージメント」

日本の風土の特殊性

日本では、安全基準や社会的ルールの策定は国が行うという場合が多く、その際、技術者は一専門家として策定審議の場に加わるという形態をとります。安全基準の策定に関する最終的な責任は国が負い、審議に参加した専門家はその技術的な知識を審議の参加者に対してインプットする、という狭い役割しか期待されないことが多いわけです[2]。いわば、ここで述べたような社会に対する責任を「免責」されているわけです。このことは技術の評価や事故原因の究明等の場合にも同様です。

これに対して、もともと専門家集団として発生した歴史を持つ欧米の学協会の場合、安全基準そのものを学協会の責任において、その名の下に作ってきた、という伝統があります[3]。政府が規制を定める場合でも、技術的な基準は学協会が作った基準を引用するという形をとることが多いようです。となると、技術者の社会に対する責任はより直接的に自覚されることとなるのも当然です。

後述するように、最近では、日本の学協会でも、学協会のこうした社会的な機能をより強く自覚し、積極的に発言する、という努力が始められています。今後、学協会の一員として、あるいは一技術者として、こうした立場からの積極的な行動を求められる時代になっていくと考えるべきでしょう。


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b. 環境の保護と技術者の使命

 


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4. 学協会の役割

a. イギリスにおける技術者協会の誕生

  • 軍事技術(military engineering)からの分離(1670年代) → "civil engineering" の誕生

  • 蒸気機関と鉄道の誕生 → メカニカル・エンジニアという新しい職業人を生み出した。
    「近代的エンジニアの出現は一つの社会現象だった。それは古代の軍事エンジニアの直系の子孫ではなく、むしろ中世の職人制度の時代の水車大工と鍛冶屋の直系の子孫だった。」(バナール[4]

  • John Anderson(1726-1796)、1760年にGlasgow Universityで物理学の主任教授となり、技芸家(artisans)たちを招き、物理学と技術との交流を積極的に行い、近代工学成立の準備時代を作り上げた。

  • 木村孟(学位授与機構長)、「国際化と学協会」、『科学新聞』1999年7月16日から
    • 英国では、技術者を中心とした協会、機械技術者協会(IME: Institution of Mechanical Engineers)や土木技術者協会(ICE: Institution of Civil Engineers)等、極めてギルド的な団体が誕生し、所属会員の職業の社会への影響力の向上、技術の啓蒙活動等、専ら技術者集団としての外向き即ち社会へ向けての活動を展開するようになった。ICEの初代会長は、アスファルト舗装の概念を打ち立てた道路技術者テルフォードであり、その後の会長も殆どは実務に携わる技術者である。

    • わが国で、曲がりなりにも学会と呼ぶことができる組織が誕生したのは、1877年即ち明治十年であるといわれている。(中略)その後、次々に学会が設立されているが、いずれも「学会」であって、我が国では、上記のIMEやICEのようなギルド的技術者協会は殆ど組織されていない。

    • 戦後の高等教育の大衆化によって学会加入の有資格者が急増し、学会も会員獲得運動を繰り広げたために極めて短期間にその規模を拡大した。中でも工学系の分野では大型学会が誕生した。その結果、これら工学系の学会では、会員の主力が技術者となったが、アカデミックな活動をベースとする会員へのサービスを主な業務とするという活動パターンは戦前と変わることがなく、英国の技術者協会がさかんに行ったような技術者の立場からの社会への働きかけは殆ど行われなかった。

 

b. 日本における最近の「学協会」論から

  • 大橋秀雄、「社会の中での”学協会”の位置付け」 、『科学新聞』1999年7月2日

  1. 学術の発展を通じて社会に貢献する役割
              Societyとしての役割
  • 専門家集団として、特定の学術領域の進歩に対する貢献度を相互に評価・判定することにより(peer review)、価値ある研究を選抜する(その延長として、学術雑誌の編集・発行など)
  • 研究の将来動向を明示し、先見性に裏付けられた研究推進力を発揮する
  • 学術評価に基づく顕彰制度を通じて学術の進歩を促進する
  1. 専門職集団として社会に責任を果たす役割
              Societyとしての役割
  • 会員の専門職業人(professional)としての自己向上を助け、また職業人集団としての地位向上を図る
  • 専門職業の社会的認知、行動基準となる職業倫理の確立
  • 若手研究者をはじめとする後継世代の教育など
  • 三好逸二(土木学会専務理事)、「学協会の社会貢献−阪神・淡路大震災の実例」、『科学新聞』1999年8月27日

    1995年1月17日 05:46 地震発生
    同日 早朝 土木学会、専門家による緊急調査団の派遣を決定
    1995年1月18日   土木学会第一次調査団18名が現地到着。その後、第四次まで延べ97名の調査団が、社会基盤施設の被害状況、大気汚染や水質汚染などの環境面での被害、生産施設や交通施設の直接被害から受ける間接被害など、広範な事項について現地調査を実施。
    1995年2月8日   緊急報告会。その後、多岐にわたる被害状況を可能な限り詳細かつ正確に記録にとどめて後世に残すため、日本建築学会、地盤工学会、日本機械学会、地震学会と五学会連名で調査報告書を刊行。
    1995年3月   土木学会/土木計画学研究委員会、『阪神淡路大震災復興に向けての緊急提言』 
    1997年7月   土木学会/阪神・淡路大震災対応技術特別委員会、『大震災の教訓を生かすための実務者からの提言』 
    1999年7月   土木学会/耐震基準等基本問題検討委員会、『耐震設計法の今後の基本方針に関わる提言』 
  • 工学系学協会の名称について:日本語名は「学」が前面に出されて上記の1.の役割が強調されているが、英文名は欧米の流儀に従って専門職集団としての側面を前面に出しているものが多いようです。

和文

英文

日本機械学会

Japanese Society of Mechanical Engineers

電気学会

The Institute of Electrical Engineers of Japan

電子情報通信学会

The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers

日本化学工学会

The Society of Chemical Engineers, Japan

土木学会

Japan Society of Civil Engineers

日本生物工学会

The Society of Bioscience and Bioengineering

情報処理学会

The Information Processing Society of Japan


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(準備中)


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【脚注】

[1] ISO/IEC Guide 51は、「『安全』及び形容詞としての『安全な』という用語の使用は避けることが望ましい。その理由は、特段、有益な情報を提供しないからである。加えて、『安全』及び『安全な』という用語は、リスクから解放されている、ということを確実にするような印象を与えやすい。」と述べています。その意味からは、ここで「安全の確保」という表現を用いることもあまり好ましいことではないことになります。絶対的な安全は決して確保されえないからです。しかし、このテキストでは日常的な用語として使わせていただきます。

[2] 例えば、国立大学の教官が政府の審議会などに加わる場合、公務員法に基づいて「兼業の許可」を得る必要がありますが、その許可申請書には「・・・この兼業は、・・・に関する助言をする程度であり、重責でない。」という文言を加えるのが普通です。

[3] 例えば、原子力発電所から化学プラントまで広く使用されている圧力容器に関する安全基準であるASME Boiler and Pressure Vessel Code(ボイラーコード)は、その名が示すように米国機械学会(ASME)が策定したものです。詳しくは「ボイラーコードの歴史年表」講義ノート「安全規制と第三者検査」を参照してください。

[4] バナール、「歴史における科学」U、330頁、みすず書房。


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© Yoshiki Mikami 2002       last updated 2003/08/06