本テキストは、(財)海外技術者研修協会(AOTS: The Association for Overseas Technical Scholarship)の発行する機関誌『研修』No.280(1998)に掲載されたものを、発行元の許可を得て再掲するものです。

 

AOTS研修の波及効果試論 

長岡技術科学大学
計画・経営系
教授
三上 喜貴

はじめに

アジア経済危機は依然として克服のシナリオが見えない状況にある。しかし問題を長期的に眺めた時、アジア各国において着実な技術基盤の形成が行われることが自律的な経済発展の不可欠の条件である。

本稿ではこうした文脈において重要な役割を果たしている民間ベース技術移転の様々な側面を、AOTS研修制度の波及効果の分析を通じて探ってみた。AOTSでは毎年「帰国研修生実態調査」を実施しており、また各地での同窓会活動への支援や帰国後の研修生に対するAOTS本部からの定期的資料送付等、研修生の帰国後フォローアップについても定評ある活動を行っているが、本稿では

の二点から分析を試みた。極めて限られたデータに基づく分析結果ではあるが、AOTS研修制度関係者のご参考になれば幸いである。

 

1 AOTS研修生総数は国費留学生総数の4倍

昭和34年(1959)に始まったAOTSによる外国人研修生の受入れは今年度で40年目を迎える。初年度にわずか43人であった研修生数も1997年度には5,207人に達し、受入れ国数も54カ国・地域に達する規模へと広がるまでになった。制度発足以来の受入れ研修生総数は1997年度までで延べ73947人に達した。

一方、国費による留学生招請制度はAOTS研修制度よりも1年早く昭和33年(1958)に始まり、在日国費留学生数は図1のように増加してきた。特に1983年に中曽根内閣の下で提唱された「留学生十万人計画」が実施に移されてからは著しい増加を辿り、1997年度の在日国費留学生数は7578人に達した。この数値は年間の受入れ学生数ではなく、過年度に受け入れた留学生をも含む各年における在日留学生の合計数であるから、これをAOTSの受入れ研修生数の数字と単純に比較することは出来ない。しかし仮に国費留学生の在学年数を平均4年として年間受入学生数に換算し、これの経年累積人数を求めると1958年以降1997年までの合計留学生数は約2万人強と推計される。

学部留学であれば通常45年間の在日生活を経験する留学生と、数ヶ月単位の滞在生活であるAOTS研修生とでは、単純にその数量的比較を行うことに無理があるとは言え、国費留学生総数の4倍近い人数の外国人研修生が、AOTS研修制度を通じて日本の企業活動、産業技術、生産管理、品質管理、営業活動の実際に触れてきた、ということの持つ意味は大きい。

図1 国費留学生とAOTS研修生(人):195897


出典:文部統計要覧各年版及び
AOTS資料より作成

 

企業内技術移転から二次的技術移転へ

AOTS研修制度は受入れ企業が研修費用の半額程度を事実上負担するという仕組みから、多くの場合

等のパターンであり、直接的な利用者は進出した日系企業ということになる。特に前者のパターンの場合には、研修生に体化した技術の移転は、国境を越える技術移転ではあるものの「企業内技術移転」にとどまっているとも言える。

しかし、研修生は一般にその後転職を繰り返すものであり、かつての我が国のような終身的雇用に従うものは少ない。その当然の帰結として、AOTS卒業生が獲得した技術は転職を通じて、直接の取引関係にない地元企業に移転していく。無論当初の受入れを行った日系企業とビジネス上競合関係にある他の日系企業、外国企業や地元企業に引き抜かれるというケースもある。こうした転職は研修費用を負担した企業の立場からすれば「折角育てた貴重な人材の損失」と認識されることにもなるが、日本から相手国への民間技術移転という広い文脈から見れば「移転技術の一層の現地化、定着」を意味するものである。言わば日系企業の内部における「企業内技術移転」に過ぎなかった技術移転効果が、より広い文脈での技術移転に深化していくプロセスと見ることが可能である。一体、このような「二次的技術移転」はどの程度の広がりを持っているのであろうか。

 

AOTS卒業生の追跡調査:試行的分析

そこで筆者はAOTS卒業生の転職を通じた技術移転効果の拡散過程を明らかにするため、AOTSが作成している帰国後研修生名簿をもとにして、その転職状況の分析を行ってみた。

AOTSでは研修生OBに対して帰国後も英文版の本誌「KENSHU」他の資料を送付しており、勤務先や連絡先の変更が寄せられた場合には名簿の更新を行っている。また後述するように現在40カ国62地域にAOTSの現地同窓会が組織されており、活発な同窓会活動を繰り広げている。AOTSの名簿はこうした各地の同窓会の協力も得て更新されていることから、比較的良くメンテナンスされた名簿と考えられる。

こうして更新されてきた名簿の登録者数は19989月現在合計約47000人である。このような膨大な名簿の全面的分析を行うことは不可能であるから、本稿では試行的分析として、タイとマレーシアの1970年度研修生合計128名を取り上げ分析を行ってみた。

分析にあたっては、まず研修時の所属企業により「日系企業の現地子会社」と「日系企業の現地取引先企業」の二種類に分け、それぞれのグループについて、19989月時点の名簿に記載された所属先により「当時と同じ」「研修時とは異なる日系企業子会社」「研修時とは異なる地元企業」「転職したが、その転職先は不明」という四種類に分類した。この結果を、タイについて表1に、マレーシアについて表2に示した。

 

表1 研修生の転職状況(タイ、1970年度研修生)

訪日研修時

現在の所属先

所属企業

研修生数

異動なし

他の日系

企業

他の地元企業

転職先

不明

日系企業
子会社

38

22

2

8

6

日系企業
取引先等

46

29

1

10

6

合計

構成比

84

100%

51

61%

3

5%

18

28%

12

19%

 

表2 研修生の転職状況(マレーシア、1970年度研修生)

訪日研修時

現在の所属先

所属企業

研修生数

異動なし

他の日系

企業

他の地元企業

転職先

不明

日系企業
子会社

11

3

1

4

3

日系企業
取引先等

33

17

1

13

2

合計

構成比

44

100%

20

45%

2

5%

17

39%

5

11%

出典:AOTS資料より筆者作成

 

研修生の7〜9割が最終的には地元企業へ定着

この分析結果によれば、現時点における勤務先が28年前の研修時と同じであるものの割合はタイが61%、マレーシアが45%であった。この数字は予想したよりも高いものであり、部分的には名簿更新の不完全性により過大推計となってるものと考えられるが、研修に派遣されるような中堅技術者は一般の職員と比べると定着率が高いという事情もあり、筆者には判断がつきかねる。読者の皆さんのご批判を乞う次第である。

一方、転職したものの転職先の大半は地元企業であり、他の日系企業へと転職したものはわずかであった。欧米系企業の現地子会社に転職したもののあることも予想したが、今回の事例には登場しなかった。転職先が不明のものも相当あるが、そのほとんどは地元企業への転職であると考えられるから、これが地元企業への転職者の上限値を与えるものと考えると、研修卒業生のうち、当初の勤務先と異なる地元企業に転職したものの割合はタイの場合で28%〜47%、マレーシアの場合で39%〜50%ということになる。

しかし元々表1表2において「日系企業取引先等」とあるのは、地元企業ないし現地政府の職員等であるから、先に延べた研修後の転職と併せてAOTS研修生の最終的な地元企業(ここには地元政府、教育機関も含む)定着率を求めれば、タイ(表1)の場合で7割、マレーシア(表2)の場合で9割という結果となる。日系企業と日本政府の開発援助資金によって支えられたAOTS研修制度を通じた技術移転効果は、最終的にはその7〜9割が地元企業へと定着していくのである。AOTSの卒業生名簿もメンテナンスが完全とは言えないから、本稿での分析による転職動向は過小評価となる傾向があるが、ひとつの試行的な分析と受け取っていただきたい。

 

同窓会による現地研修活動

AOTSの活動を通じた波及効果は、このような転職による波及に止まらない。各地に組織されたAOTS同窓会が自主的な活動として実施している現地研修活動は、現地への定着の一層進んだ活動として、AOTS研修制度の波及効果の裾野を広げている。そこで次にその実態を紹介しておく。まず1998年時点で世界各地に組織されているAOTS現地同窓会の一覧表を表3に掲げた。

 

表3 世界各地のAOTS同窓会一覧

アジア

バングラデシュ(ダッカ、チッタゴン)、中国(北京、大連、上海、南京、天津、広州、海南、成都、重慶)、台北、インド(デリー、モディプラム、ボンベイ、カルカッタ、バンガロール、ケララ、トリヴァンドラム、プーナ、マドラス、ハイデラバード)、インドネシア(ジャカルタ、バンドン、メダン、クアラタンジュン、セマラン、ウジュンパンダン)、韓国、マレーシア(サラワク、サバ、ジョホール、ペナン)、モンゴル、ネパール、パキスタン(カラチ、ラホール、イスラマバード)、フィリピン(マニラ、ミンダナオ、ダバオ、ビサヤ)、シンガポール、スリランカ、タイ、ヴェトナム

中近東

イラン

中南米

アルゼンチン、ボリビア、ブラジル(リオ、ミナスジェライス)、チリ、メキシコ(ウィクスキルーカン、ポランコ、レオン、グアダラハラ、モンテレイ)、パラグアイ、ペルー、ヴェネズエラ

東欧

ブルガリア(ソフィア、ルッセ)、チェコ、ハンガリー、マケドニア、ポーランド、ルーマニア、スロヴァキア、

アフリカ

カメルーン、エジプト、エチオピア、ガーナ、ケニア、ナイジェリア、スーダン、タンザニア、ウガンダ、ザンビア

出典:AOTS海外事業部

 

同窓会の中で最も古いものは、AOTSが第一回の卒業生を送り出した六年後の1965年に、早くもフィリピンとカルカッタで組織されている。今日では世界各地40ヶ国62ヶ所にAOTS同窓会が組織されており、活発な活動を展開している。筆者はこれまでに幾つかの同窓会事務所をお訪ねしたことがあるが、ここではクアラルンプールにあるAOTSマレーシア同窓会(Perusatuan Alumni AOTS Malausia)が組織している現地研修活動について紹介してみることとする。

この同窓会はAOTSのクアラルンプール事務所内に事務局を置き、現在約1500名の会員を擁する。名誉会長はラフィダ通産大臣(当時)である。年間10回程度の技術研修コースを開設するとともに、随時日本語コースやパソコン学習コースを開設している。

一般に現地で開催される研修やセミナーは、「現地研修」、「巡回セミナー」や「自主セミナー」などに分けられる。このうち「現地研修」は企業が主催者となってAOTSの補助を受けて実施するものであり、後二者がAOTS同窓会を中心として組織されるものである。「巡回セミナー」の場合にはAOTS同窓会の要請を受けてAOTSが講師を派遣するが、現地の日本企業スタッフや専門家の出張中の機会をとらえて講師をお願いすることもある。「自主セミナー」は全く同窓会の自主事業であり講師もボランティアというケースが多い。日本語コースやパソコン学習コースはほとんど自主事業である。AOTSマレーシア同窓会の場合、これらを併せて年間20コース程度が開催されている。

このようにして開催される現地研修は、マレーシアのこの同窓会のみならず、世界各地の同窓会組織で広く行われている。その全体像を把握することはできないが、こうした活動により、卒業生自身が知識技術のリフレッシュを行うチャンスを獲得するとともに、AOTS卒業生以外の人材にとっても貴重なチャンスを提供している。

世界各地において日本の大学等への留学生による同窓会も組織されているが、筆者の知る限り一般にAOTS同窓会ほどその活動は活発ではない。AOTS同窓会がこのように活発に活動しうる理由としては、同じ職場に何人かの同窓生がいるために活動の核を形成し易いこと、毎年繰り返される研修生の募集活動を通じて常に研修生OBとのコンタクトが維持されていること、AOTS現地事務所の献身等、一般の留学生の場合とは異なる幾つかの事情が想像されるが、関係者のご指摘を頂ければ幸いである。

 

終わりに:社会人留学制度について

筆者が勤務する長岡技術科学大学はAOTS研修制度と大変深い関係にある。1994年以来、本学の修士課程にAOTS卒業生を対象とした社会人留学生を受け入れているからである。現在のところ年間の受入学生数10人、受入れ開始以来1998年度新学期までの累積学生数でもわずか41人という小さな規模に過ぎないが、技術者として社会生活経験を過ごした若者が再び大学院学生として日本に学ぶチャンネルとして、AOTS卒業生の間に定着しつつある。「技術を科学する」という本学の建学の精神に照らしても、これに相応しい留学生が得られていると評価している。これまでの留学生の国別、専攻科別の内訳を表4に掲げた。

本制度の留学生は基本的には文部省の国費留学生として奨学金を受けているのであるが、受験生の募集、入学試験の実施等は、AOTSの絶大なる支援の下に行われている。

これまでに既に12人が卒業し、うち2人はその後博士課程へと進み、9人は帰国して技術者としての道を歩んでいる(1名は日本国内で就職)。今後我が国企業の現地での活動内容が更に高度化するに従って、こうした高度な技術者養成への期待も高まることが予想されるが、AOTSと本学が共同で取り組んでいるこの社会人留学生コースは、今後こうした社会的な需要に応えるものとして発展させていきたいと考えている。

なお本稿執筆にあたっては資料の収集・整理に関してAOTS海外業務課の市川健史氏に大変お世話になった。末筆ながらここにお礼を申し上げる。

表4 長岡技術科学大学の社会人留学生:199398

専攻科

機械

電気

電子

環境

建設

材料

開発

合計

タイ

5

4

2

1

12

マレーシア

4

2

 

 

6

インドネシア

7

4

2

 

13

フィリピン

2

3

1

 

6

ベトナム

2

1

1

 

4

合計

20

14

6

1

41

注:表は入学者数ベースでの数字